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オケラ

キク科:Asteraceae (生薬名:ビャクジュツ(白朮)) Atractylodes japonica Koidzumi ex Kitamura.

オケラ
オケラ

 生薬の朮(ジュツ)はキクの仲間であるオケラという植物の地下部である。強いにおいがあり、見た目はゴツゴツ感が強い小ぶりなヒネショウガといったところだろうか。日本薬局方では基原となる植物の種の違いで蒼朮(ソウジュツ)と白朮(ビャクジュツ)に分類している。
 蒼朮は“蒼い”という文字が示す通り、地下部の外皮が白朮よりも濃く黒っぽい色をしている。こちらはホソバオケラという種で、もともと中国が原産とされているが、江戸時代には日本に導入されて、佐渡でたくさん栽培されていた。他方、白朮は、オケラとオオバナオケラという種が主に基原とされ、オケラはもともと日本在来の種であると言われている。薬効の面からは、両者とも漢方で水毒(スイドク)と言われるものに作用するとされるが、蒼朮は表(ヒョウ)の水毒に、白朮は裏(リ)の水毒に、と、使い分けがあると説く教科書もある。表と裏は、大まかにいうと、病気の原因が存在している場所の概念である。また、水毒の水(スイ)は漢方で使われる概念の一つで、身体のなかをぐるぐる巡って健康状態のバランスを保っている3つの要素、気(キ)、血(ケツ)、水(スイ)のうちの水であり、具体的には、痰、唾液、尿、汗などの色が薄い液体をさすとされる。

 筆者が学生の時に習った教科書には、蒼朮と白朮は、メインとなる特徴成分の違いで見分けられると書かれていたのを覚えているが、成分だけでなく、核酸配列の情報なども加えて基原の種の鑑別がなされるようになると、蒼朮と白朮の雑種と思われる生薬が多数報告されるようになった。両者の関係は全く別な遺伝的グループというわけではなく、連続的に変異する同じグループ内にあるものらしい。もっとも、生薬の最古の教科書とも考えられる神農本草経しんのうほんぞうきょうでは蒼朮・白朮の区別はなく、朮として記述されている。
 複数の生薬問屋さんの話では、たくさんある生薬類の中で、納品先からのクレームが最も多い生薬のひとつが朮であるらしい。クレームの内容の多くは「カビが生えている」であるという。より色が濃い蒼朮でしばしば発生する。生薬の表面やパッケージに白い綿毛のようなものが付着するのである。
 これは初めて見る者にはいかにも生乾きの生薬に生えるカビに見えるかもしれないが、実はほとんどの場合はカビでは無く、朮に含まれる成分が結晶化したものなのである。朮に含まれる揮発しやすい成分が生薬から出て、生薬の表面や密閉されたパッケージの中で結晶化するのである。したがって成分含量の多い生薬ほど白い結晶が付きやすいということも考えられる。
 この結晶化しやすい成分を含め、朮の成分には抗菌活性や殺虫活性があるものが多く含まれている。昔の日本人はこれを経験的に知っており、朮はしばしば虫除けや御蔵おくらの消毒等に使用されてきた。即ち、刻んだ朮を金属の皿などの上で加熱し、発生する成分を含んだ煙で蔵の壁や収蔵物を燻して消毒し、また虫除けにも利用したのである。この朮による燻蒸くんじょうの効果はあらたかだったのであろう、水害が起きた時のお見舞いに、箱いっぱいの朮がしばしば贈られたそうである。水が引いた後の泥で汚れた家屋や物品の消毒に使ってください、ということなのである。
 生薬として煎じるだけでなく、このような使われ方もあったオケラは万葉集にも登場するという。古い時代には朮は意外に身近な生薬で、基原となるオケラは野山にそれなりに野生品がたくさん生えており、それらを適宜掘り取って使っていたということであろう。しかし残念ながら、オケラは現在の野山ではもうほとんど見かけない植物になってしまった。植物の減少とともに、それを利用する知識もすたれていってしまう、そんなちょっと寂しい連鎖反応を見てしまった気がする、オケラである。

解説:伊藤美千穂(京都大学大学院) 撮影場所:京都薬用植物園

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