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腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸のちから~注目される酪酸菌~

腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸のちから~注目される酪酸菌~

〈話し手〉 坂田 隆 Takashi Sakata(石巻専修大学理工学部食環境学科 教授)

 腸内細菌と健康との関連がテレビや雑誌に溢れています。それは腸内細菌の研究が進み、肥満やアレルギー、加齢関連疾患との関わりなどが明らかにされてきたためです。
 この腸内細菌の働きの中では、短鎖脂肪酸を産生することが注目されており、それがわれわれの健康維持に一役買っていると考えられています。そこで腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸の特徴と恩恵について坂田隆先生にお話しいただきました。

短鎖脂肪酸とは

 ヒトは、食べ物から栄養を吸収し不要なものを排出します。この役割を担うのが消化管(口[口腔]、咽頭、食道、胃、小腸、大腸、直腸、肛門)です。
 炭水化物にはヒトが持つ消化酵素で消化できる易消化性炭水化物と、オリゴ糖類や食物繊維類など、そのままでは簡単に消化吸収できない難消化性炭水化物があります。ただ幸いにも、腸内細菌の多くが難消化性炭水化物の一部を分解し、消化吸収の手助けをしてくれています。
 短鎖脂肪酸は、この難消化性炭水化物を腸内細菌が分解することによって産生されます。
 そもそも脂肪酸は有機酸の1つで、炭素と呼ばれる元素がいくつか鎖状に連なる構造を持っています。その炭素の数が6個以下のものを短鎖脂肪酸といいます。短鎖脂肪酸は3つあり、1つはわれわれが料理などに使うお酢の主成分である酢酸、もう1つはブルーチーズのすっぱさや香りのもとで、保存料や着香剤としても使われるプロピオン酸、そしてバターの香りのもとになっている酪酸です。
 その短鎖脂肪酸の特徴について、次のQ&Aで見ていきましょう。

短鎖脂肪酸Q&A

Q1 短鎖脂肪酸にはどのような働きがあるの?

A1 短鎖脂肪酸は大腸の粘膜細胞のエネルギー源1)であり、大腸の粘膜にあるセンサーを刺激して腸管の蠕動運動を促進します2~6)。大腸の粘膜は血管から供給されるエネルギーよりも、腸管腔から供給される短鎖脂肪酸のエネルギーに依存していることがわかっています1)
 また、小腸や大腸の上皮細胞の増殖を促すことも報告されています。たとえば、腸内細菌を持たない無菌のラットや、短鎖脂肪酸の原料になる食物繊維を含まない餌で飼ったラットでは通常のラットに比べて、小腸や大腸の上皮細胞の生産速度が明らかに低下していることが確認されています7)。こうしたラットの大腸に短鎖脂肪酸を投与すると、小腸や大腸の上皮細胞の増殖は正常レベルに回復します。つまり、通常ラットでは腸内細菌が内容物の中にある食物繊維などの難消化性糖質を分解して短鎖脂肪酸を産生し、その短鎖脂肪酸が腸管上皮の新陳代謝をよくしていると考えられるのです1,7~9)
 さらに、腸管の粘液の分泌や水やナトリウムの吸収を促す働きもあります10~11)

大腸内の短鎖脂肪酸の働き

Q2 短鎖脂肪酸が不足するとどうなるの?

A2 感染しやすくなったり、病気が治りにくくなったりするといわれています。その一因として、大腸のバリア機能が低下することが挙げられます。
 短鎖脂肪酸は、結腸の粘液分泌も促進します12~13)。腸の中の便と腸管壁の間には粘液の層があって14)、ここに水が分泌されると、滑りやすくなります。この粘液層によって、便がスムーズに腸内を移行できるだけでなく、便が腸管壁に直接触れることもありません。つまり、便に含まれる細菌が腸管壁から侵入することを防ぐバリアにもなっているのです(図1)。ところが、短鎖脂肪酸が不足して便が粘液でコーティングされないと軟便や下痢便になり、バリア機能も破綻すると腸管壁から病原菌が侵入しやすくなるため、病気に罹りやすくなるわけです。
 戦争中に飢餓状態に陥った人たちの多くが下痢をしていたことが記録されていますが、それは腸内細菌の餌となる食物繊維を摂取していないために、短鎖脂肪酸が産生されなくなって、水の吸収がうまくいかなくなったことが主な原因と考えられています。ですから、毎日食物繊維などを摂取して短鎖脂肪酸の産生を維持することはとても大切です。

図1 腸管で分泌される粘液は、スムーズな排便とバリア機能に関与(イメージ)

Q3 短鎖脂肪酸の不足は何でわかるの?

A3 わかりやすい目安は便の臭いで、難消化性炭水化物の摂取が足りないと、腸内細菌はタンパク質が分解されて生じた尿素や死んだ腸管上皮細胞のかけら、あるいは腸管内の細菌を餌にします。それによって、多量のアンモニアや硫化水素、インドール、スカトール、あるいはイソ吉草酸などが産生されます。アンモニアはおしっこの腐敗した匂い、硫化水素は卵が腐ったような匂い、イソ吉草酸はたくさんの汗を吸った武具の匂いです。つまり、難消化性炭水化物の不足で短鎖脂肪酸の産生が低下すると嫌な臭いの便になるのです。

酪酸菌への注目

 次に酪酸のお話です。酪酸は3つの短鎖脂肪酸の中で、腸管上皮の増殖作用がもっとも強いといわれています7)。また、酪酸は結腸の粘膜細胞が最も利用しやすい短鎖脂肪酸だと考えられています1)。そうした観点も含め、酪酸に関する研究が多く、それらの報告を踏まえて酪酸菌に対する関心も高まっているのだと思います。

コラム

 酪酸菌は芽胞を形成するのが特徴です。芽胞とは、光や温度の影響を弱め、強酸・強アルカリの環境にも対応できるように酪酸菌を覆う殻のようなものです。同じ生菌製剤でも芽胞のないビフィズス菌などは光に当たればすぐに死滅します。芽胞を持つ酪酸産生菌は厳しい環境下でも変質しにくいだけでなく、種々の病原菌に対する抗菌作用14)や腸内細菌叢の正常化作用15)なども報告されています。

短鎖脂肪酸の上手な増やし方

 酪酸などの短鎖脂肪酸は、難消化性炭水化物を腸内細菌が分解することにより産生されるため、食物繊維の摂取が重要です。食物繊維には果物や海藻類などに多い水溶性と、豆類、穀類などに多い非水溶性がありますが、それらをバランスよく、またゆっくり時間をかけて食事をすることが大切です。
 さらに、プロバイオティクスの摂取も効果的です。プロバイオティクスとは、われわれの体に良い働きをするとされる生きた菌のことです。たとえば、乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸菌などが知られており、大腸のエネルギー源である短鎖脂肪酸を増やすことが数多く報告されており15)、プロバイオティクスの摂取もおすすめしたいと思います。

【参考文献】

1)G. Livesey, et al.: In: "Physiological and clinical aspects of short-chain fatty acids" J.H. Cummings, J.L. Rombeau, T. Sakata eds., Cambridge University Press, Cambridge. (1995) pp. 427-481.

2)Yajima, T.: In: "Physiological and clinical aspects of short-chain fatty acids" J.H. Cummings, J.L. Rombeau, T. Sakata eds., Cambridge University Press, Cambridge. (1995) pp. 209-221.

3)Yajima, T.: Jap. J. Pharmacol.: 35(3): 265-271 (1984)

4)Grider, J.R. & Piland, B.E.: Am. J. Physiol.: G292(1), 429-437, 2006

5)C. Cherbut, In: "Physiological and clinical aspects of short-chain fatty acids." , J.H. Cummings, J.L. Rombeau, T. Sakata eds., Cambridge University Press, Cambridge pp. 191-207, 1995

6)T. Yajima, J. Physiol.: 368(1), 667-678, 1984

7)Sakata, T.: Br. J. Nutr.: 58(1): 955-103, 1987

8)Sakata, T.: J. Nutr. Sci. Vitaminol.: 32(4), 355-362, 1986.

9)Sakata, T.: Scand. J. Gastroenterol.: 24(7), 886-890, 1989.

10)von Engelhardt, W. et al.: Anim. Feed Sci. Technol.: 23, 43-553, 1989

11)von Engelhardt, W, In: "Physiological and clinical aspects of short-chain fatty acids" , J.H. Cummings, J.L. Rombeau, T. Sakata eds., Cambridge University Press, Cambridge. (1995) pp. 149-170.

12)Sakata, T. & H. Setoyama: Comp. Biochem. Physiol. Part A: 111(3), 429-432, 1995.

13)Shimotoyodome, A., et al.: Comp. Biochem. Physiol. Part A: 125(4), 525-531, 2000.

14)Sakata, T. & W. T. von Engelhardt: Cell Tissue Res.: 219(3), 629-635, 1981.

15)Sakata, T. et al.: Proc. Nutr. Soc: 62(1), 73-80, 2003

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