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武田薬報webホーム > 特集 > 温度感覚の最先端研究から再考する伝統薬の価値~TRPチャネル~

温度感覚の最先端研究から再考する伝統薬の価値~TRPチャネル~

温度感覚の最先端研究から再考する伝統薬の価値~TRPチャネル~

〈話し手〉 富永 真琴 Makoto Tominaga(自然科学研究機構 生理学研究所〔岡崎統合バイオサイエンスセンター〕教授)

 長年使われている薬で作用機序を説明できない薬はありませんか?
 実は伝統薬のようなものには、なぜ効くかが明確でないものも少なくありません。
 しかし、最近の研究により、伝統薬の中にも作用メカニズムが解明されつつあるものがあります。
 今回とりあげるTRP(トリップ)チャネルは日本人の富永真琴先生が世界で初めて生体の温感センサーであることを発見した生体分子で、伝統薬の作用機序と関連しています。
 そこで富永先生に、TRPチャネルとそのメカニズムについてお話をいただきました。

温度を感じるセンサー TRPチャネル

 私たちを取り巻く温度は一定ではなく常に変化しています。そのため、生体は温度を感じて環境に対応する必要があります。このような温度を感じるセンサーとして発見された生体分子がTRP(Transient Receptor Potential)スーパーファミリーに属する温度感受性TRPチャネルです。温度感受性TRPチャネルには10種類が知られ※1、主に皮膚や感覚神経に発現し、異なる温度によって活性化することで情報を伝えています。
 熱湯のように熱いものや氷のように冷たいものに触れたり、極端に暑いまたは寒い環境におかれたりすると、生体に備わっている温感センサーの温度感受性TRPチャネルが活性化して、脳に危険性を伝えます。この時、脳には熱い、冷たいという感覚だけでなく「痛み」が伝わります。

※1 TRPチャネルはヒトでは27種類あり、温度感受性TRPチャネルは10種類知られている。

動物におけるTRPチャネルの働き

 温感センサーが動物に影響を与える例として、爬虫類の生殖があります。
 一般に動物の性別は遺伝子で決まると考えられています。ヒトには性染色体があり、その組み合わせがXXであれば女性に、XYであれば男性として生まれます。しかし、動物の中には遺伝子だけでなく環境要因が性決定に重要な役割を果たしている種もあります。よく知られているのは爬虫類で、ワニは孵卵ふらん期の温度が低いとメスが生まれ、カメは孵卵期の温度が低いとオスが生まれます(図1)。私たちは国際共同研究で、基礎生物学研究所の井口先生と一緒にミシシッピーワニの性決定のメカニズムを検討しました。その結果、性決定には温度感受性TRPチャネルの中でも、この温度域で活性化するTRPV4チャネルが深く関わっていることを明らかにしました。

爬虫類の性別は温度によって決定される

図1 爬虫類の性別は温度によって決定される

基礎生物学研究所プレスリリース
http://www.nibb.ac.jp/press/2015/12/24.html(2016年10月12日アクセス)

センサー感度の変動

 興味深いことに温度感受性TRPチャネルはある種の化学物質によっても活性化されたり、抑制されたりすることが分かってきました。
 温度感受性TRPチャネルを活性化する化学物質として身近にあるのが唐辛子の辛み成分です。唐辛子の辛み成分はカプサイシンという物質で、温度感受性TRPチャネルの一種であるTRPV1チャネルを活性化します()。

植物由来物質によって制御される温度感受性TRPチャネル

植物由来物質によって制御される温度感受性TRPチャネル(ヒト)

富永真琴:化学と生物2013;51:592-593より抜粋、改変

 これまでの研究でカプサイシン存在下ではTRPV1の活性化する閾値が低温側にシフトし、熱刺激が増強することが分かってきました。
 つまり、唐辛子を食べるとカプサイシンがTRPV1チャネルに作用して、43℃よりも低い温度で活性化するようになるため、唐辛子を食べたあとは、カプサイシンに加えて通常の体温(36℃程度)もTRPV1チャネルを活性化させて脳に刺激が伝わるようになり、唐辛子を食べるとヒリヒリとした痛みや熱感を感じます。

コラム

 温度感受性TRPチャネルを活性化する化学物質は、既にさまざまな領域で役立っています。例えば、空港でジェット機が離着陸する際の鳥との衝突事故対策として、鳥の温度感受性TRPA1チャネルの刺激薬が開発されています。

 この薬剤を滑走路に散布すると、鳥の温度感受性TRPA1チャネル(熱刺激によって活性化します)が活性化され、鳥は温度が高くて痛い(危険だ)と感じるようになり、その危険な場所に入り込まなくなります。同様に衣類の虫除け剤として古くから使われてきた樟脳しょうのうも、昆虫の温度感受性TRPA1チャネルを刺激※2して、そこが高温で危険な場所だと感じさせることで、昆虫を近づけないようにする作用があります。

※2 樟脳(カンフル)はヒトにおいては反対にTRPA1を抑制する。それは進化の過程で環境変化に適応してきたため、温度感受性が変化したと予想されている。

伝統的な外用消炎鎮痛剤の作用メカニズム

 温度感受性TRPチャネルは伝統薬に配合されている成分の作用にも関係しています。
 外用消炎鎮痛剤に配合されているクスノキから抽出されたカンフル(樟脳しょうのう)などの生薬成分は、古くから経験的に使用され、歴史の中で効果が確認されていましたが、どのようなメカニズムで痛みを和らげるのかについては明らかではありませんでした。
 しかし今では、これらの生薬成分は温度感受性TRPチャネルに作用することで、鎮痛作用を発揮することが徐々に解明されつつあります。

 例えば、外用消炎鎮痛剤に含まれるカンフルは、温度感受性TRPV1 チャネルに作用します(前出の表参照)。TRPV1の活性化は、痛みを惹起じゃっきするのですが、この状態が継続するとやがて痛覚を伝達する物質が枯渇する(脱感作)などで痛みが脳に伝わらなくなり、逆に痛みを抑える方向に働きます。これがカンフルの鎮痛効果の一端と考えられます。加えて、TRPA1を抑制することも鎮痛効果に関わっています。また、メントールはTRPV1の活性を抑制して鎮痛に働くことも明らかになっています。

最新研究の成果を基に伝統薬の見直しを

 最新のテクノロジーを用いて温度感受性TRPチャネルを標的とした薬の開発がされています。しかし、TRPV1チャネル作用薬の場合、体温上昇などの副作用が発現し、現時点では臨床に応用できるまでには至っていません。
 伝統薬は経験的に効果があることが分かっており、だからこそ長い歴史の中で継続して使用されてきたのでしょう。一方で、TRPチャネルの発見を機にそのメカニズムが解明されてきました。これらは、適度に温度感受性TRPチャネルに作用すると考えられ、その結果として大きな副作用を伴わずに、消炎鎮痛効果を発揮します。最新研究の成果を基に、自然物のよさ、人類の経験の歴史から、伝統薬を見直すことも重要だと思います。

参考文献

1)Caterina MJ, et al: Nature. 1997; 389: 816-824.
2)Yatsu R, et al: Sci Rep. 2015; 5: 18581.

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